目指せ 東京の道完全制覇!


by yochy--1962

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c0200290_214174.jpg 新しく始まった「Tokyo迷子ウォーキング2」ですが、なんとこのブログが、それほど更新もしていない「放置プレイ」ブログが、本で紹介されることになりました!
 タイトルとか発売日とか、まだ、あまりおおっぴらに言わないほうがいいのかなあとも思いましたので、詳細は後日、とさせていただきますが、とにかく名誉なことでございます。趣味で続けているだけのブログですが、「よい」と言ってくださる方がいると、そりゃあもうやり甲斐があるものです。なんだかうきうきしながら、きょうも大股歩き、ときどきジョギング、というスタイルで東京中を闊歩している私です。

 ただ、今回紹介してくださる本は、面白いブログとか注目したいブログ、ではなく、「写真がいい」というブログを集めた本のようで、ちょっと「苦笑」なところもあります。
 だって、「世界遺産」に認定されて、ときどきストライキを起こし、「メモリースティックが入ってません」とかとんちんかんなことを言い出す、我が「ご老体カメラ」ですからね。まあ、長年の功績が認められ「紫綬褒章」でももらったようなものだ思っているところです。
 せっかくだから、これからも付き合って行こうと思っているのですがね、サイバーショット3.2メガピクセルさん。

 この坂は、赤坂近くの六本木通りからちょっと入ったところにある坂です。坂の途中に、明治から大正にかけて「福井亭」という寄席があったために、寄席坂と呼ばれるようになったのだそうです。現在はマンションなどが建ち並び、当時の面影はあまり見当たりませんが、きっとその頃は、粋な遊びを楽しむ人で賑わっていたところだったのかもしれません。

c0200290_21411995.jpg こちらが肝心の、坂の様子。結構いろいろな方のブログやサイトでも紹介されている坂ですが、みなさんのは結構古い写真で、右側にある、新築のマンション(?)が写っているのはこのブログだけ、のはずですよーっ(だからなんだって話ですが)。
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by yochy--1962 | 2009-10-25 22:19 | 東京坂道百景
c0200290_2221194.jpg こちらは、井の頭通り「大山の交差点」と幡ヶ谷を結ぶ道、消防学校近くにある坂道です。結構急勾配で面白い坂道なのですが、坂の名前がわからず、「消防坂」と勝手につけさせていただきました。

 渋谷区とか世田谷区って、坂に対する愛着がないんでしょうか、どんなにかっちょいい坂道があっても、「この坂はどういう坂で、こういういわれがあって、こんな名前がつけられているんでっせ」という標識で我々をナビゲートしてくれることがないのです。
 まあ、このあたりは新しい街で、昔は単なる山道、あるいは区画整理されて初めて「道」ができた、というのかもしれませんから、名前がない坂ばかり、標識などつけようにもつけられない、というのが実状だったりするのかもしれませんが。

 ですから、これからは、そんな「名もなき坂道」に、私が勝手に坂の名前をつけさせていただこう、などと思っているところです(まあ、以前も青春の坂道だとか硝子坂とか、勝手に命名した坂道もありましたが。あっ、両方とも歌のタイトル)。
 今回は「消防坂」ですが、このあたり、まるでクモの巣を張ったかのように複雑な道ばかりで、ぼんやり歩いたりしていると、えっ、さっき歩いていたところに戻っている! なんてことがしょっちゅうあるのです。ということで「クモの巣坂」「迷い坂」なんてのもいいのではと思いましたが……「クモの巣坂」、近辺に住む人は嫌がるだろうな(笑)。
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by yochy--1962 | 2009-10-16 22:44 | 東京坂道百景
c0200290_1915215.jpg 坂と言ったら「赤坂」です(きっぱり)。
 このあたりは「赤土」の坂が多いからその名がつけられたようですが、赤坂という「坂」は、知っている限り、なさそうです。
 このあたりは、いわゆる「坂銀座」のごとく、坂道だらけの街です。夜遊びをしてほとんど寝ずに朝を迎え(お前いくつだ)、赤坂サカスで迫力一杯の舞台を観て「くったくった」状態だったので、それをひとつひとつ検証すると労災の下りない「過労死」になりかねないと思い(笑)、原宿方向に歩くまでに見つけた坂をちょっとだけ紹介です。

 三分坂は「さんぶざか」ではなく、「さんぷんざか」と読むのだそうです。昔この坂があまりの急坂のため、車賃を銀3分(さんぷん 百円余り)増したということからつけられたのだとか。それほど急な坂のように見えませんが、現在は、当時よりも緩やかな勾配になっているのだそうです。

 この坂の下には「報土寺」があります。 報土寺は、 慶長19年(1614)に創建され、いまの地には安永9年(1780)に移転してきました。道路沿いの築地塀は、この頃のもので港区の文化財に指定されているのだとか。このお寺には、なんと江戸時代後期の名力士「雷電為右衛門」の墓があるんだそうですよ(知りませんが)。

c0200290_19151441.jpg この坂は「稲荷坂」。坂下北側に円融院があり、その境内の稲荷への門がこの坂にあったため、この名が付けられています。
 坂上に江戸城中清掃役の町があり、「掃除坂」ともいうのだそうですが、……この名前の方が「ブラタモリ」あたりで紹介され、人気のある坂になったりして、なんて思いましたが。
 「レレレのおじさん」なんかもいたりして、ね。
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by yochy--1962 | 2009-10-09 21:07 | 東京坂道百景