目指せ 東京の道完全制覇!


by yochy--1962

カテゴリ:東京坂道百景( 7 )

c0135618_21172762.jpg どういうわけだか、私の坂道探索においてすっぽりと抜け落ちていたエリア、市ヶ谷に満を持して参上です。
 このあたりは若い頃から馴染みがあったところですが、坂道がたくさんあるイケてる街、という目で見ていませんでした。もっとも、私がブイブイ言わせていた市ヶ谷というのは、麹町方面に向かうあたりの市ヶ谷で、坂道がたくさんあるのはお堀を越えた新宿区側のほう。こちらはあまり馴染みがありませんでした。
 小石川にある出版社に就職したものの、そこであるひとりの上司から猛烈なイジメにあい(いまだったら逆にイジメ返してやるんですけどね。まだまだその頃はうぶだったのでした)、逃げるように退職。路頭に迷う私を、駆け込み寺のように受け入れてくれたのが、ここ市ヶ谷にある教育関係の出版社でした。
 その会社では、打って変わりみなさんからかわいがっていただき、私は一から出直しとばかりに、編集アシスタントとしてみっちり編集のイロハを勉強し、そこから私の編集者人生は始まるのでした。
 だから市ヶ谷という街は、私にとっていい思い出ばかりの、とても好きな街のひとつなのであります。

c0135618_21174885.jpg 防衛省の裏を回るようにして、まずは左内坂という坂を上ります。
 いわゆる市ヶ谷駐屯地、ですね。市ヶ谷駐屯地というと、やはり三島由紀夫を思い出しますが、昨今の若い人は、三島も漱石もあまり読まないのだとか。うーん、勿体ないことこの上なし、です。
 とか言いながら、高校時代に三島は全部読みました、と豪語している私ですが、あまりにも若かったため、その内容も忘れ、意味もほとんど理解しておらず、もう一度読まんといかんなあと思っているところだったりするのですが(苦笑)。

c0135618_21175881.jpg このあたりは「大日本印刷銀座」でもあります。
 昔、深夜の出張校正で大日本印刷を訪れたことがあるのですが、そのとき出されたお弁当が、嫌がらせのようにまずかったことが、いまでも思い出されます。
 もう20年以上も前の話なので、いまはそんなことはないと思いますがね。
 このあたりに、当時お世話になったフリーの編集者が住んでいて、よく通ったものでしたが、どこだったかもさっぱり思い出せず。それなのにあのお弁当のまずさだけは、頭の中にこびりついて離れないという、まったく食い物の恨みだけは……なヤツでございます。

c0135618_21181263.jpg 一度外堀通りに戻り、またもや坂探索。今度は浄瑠璃坂という坂がお目見えします。
 昔、この坂で「あやつり浄瑠璃」の小屋興行を行ったから、この坂名がつけられたようです。
 このあたり、昔は武家屋敷がたくさんあったようですが、現在もお金持ち風の家があちこちにあって、閑静だし、いいなあ、こんなところに住みたいなあと思わせます。

c0135618_21182331.jpg さきほど、大日本印刷の前を通りかかったとき、どこに続いているのかわからない歩道橋がありましたので、そこを探してみたところ、こんな感じでした。
 街全体が坂で出来ているので、さっき通った道が、はるか下の方にある、ということも当たり前のようにあります。

c0135618_21183763.jpg で、歩道橋から続いている坂が「芥坂(ごみざか)」という坂なのでした。
 ごみ坂? まさかゴミ、のことじゃないよな、と思いましたが、どうもそれは本当らしく、歩道橋ができる前は、この坂はずっと下の方まで続く坂だったようで(現在印刷工場ができてしまったので、坂道の途中で歩道橋を作ったというわけですね)、その底の方にゴミ捨て場があったようです。
 別名「暗闇坂」ともいわれるので、このあたりは、きっとゴミ捨て場に相応しい暗がりだったのかもしれません。

c0135618_21183546.jpg うっかり上のほうを歩きすぎると、もうそこは牛込です。
 神楽坂の裏手あたり、ちょっとお忍びで行くにふさわしいこじゃれたレストランとかバーとかがあるエリアです。
 別に私はお忍びする必要もありませんので、ちょっとイケてる酒屋さんの看板を写真に収めて、退散です。

c0135618_21183876.jpg またまた外堀通りまで引き返し、東京理科大などを見ながら「逢坂(おうさか)」という急勾配の坂に到着。
 坂名の由来は、読んで字の如く、恋愛にまつわる話で「ケッ」としてスルーしましたが、坂の下にある、「堀兼の井」という井戸の跡にまつわる話はちょっと悲しかったです。
 昔、後妻が先妻の息子をひどくいじめて、いたずらしないようにと庭先に素手で井戸を掘らせたのだそうです。息子は朝から晩まで素手で井戸を掘ったのだが水は出ず、とうとう死んでしまったという伝説がこの井戸にはあるそうなのですが、現代でいうところのDVですね。思わずその息子さんに手を合わせずにはいられませんでした。

c0135618_2118417.jpg 新坂。こちらもその名の通り、あるお屋敷の中に新たに道を通すことになり(そのへんでびっくりですが)、それでつけられた名前なのだとか。
 確かにこのあたり、ちょっとやそっとでは買えないような高級マンションとか、どこまでが敷地なの? と思うようなお屋敷もたくさんたくさん。
 指をくわえているだけの私ですが、まあ、オオゼキみたいな気の利いたスーパーもありませんからね、案外暮らしにくいところかもしれませんね、けっ(まあ、このあたりに住む方は、お車で紀ノ国屋あたりまでお買い物でもするんでしょうけれど。けっ)。

c0135618_21184475.jpg 庚嶺坂(ゆれいさか)。江戸初期、この坂のあたりが美しい梅林であったため、二代将軍徳川秀忠が中国江西省の梅の名所大庚嶺に因み、命名したと伝えられています。別名が多い坂でもあるようで、「若宮坂」「行人坂」「祐玄坂」、そして「幽霊坂」という名もあるのだとか。

c0135618_21185311.jpg で、この坂の先にはこんなこじんまりとした神社「若宮八幡宮」がありまして……。

c0135618_21185671.jpg もうここは神楽坂、なのです。
 あいかわらず賑やかな街です。久しぶりに立ち寄ったので、お気に入りの大学いもでも買って帰ろうかと思いましたが、残念ながら日曜日は休み。「五十番」で肉まんでも買おうかと思いましたが、ああ、そういえば夜は……。

c0135618_21185954.jpg そうでした。新宿にも「かぶら屋」があることを知り、さっそく探索してみようと約束していたのでした。
 ここのしぞーかおでん(この店では黒おでん、というのですけれども)、あいかわらず美味です。
 しかし、もっとイケてるしぞーかおでんの店を、高田馬場て発見! それはまた後日。
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by yochy--1962 | 2013-02-27 22:25 | 東京坂道百景
 先日、久しぶりになべころ坂あたりを歩いてみるかと、てくてく中目黒近辺を徘徊していたところ、いつも詣でる(?)「なべころ坂」の様子がちょっと変わっていて、思わず写真に収めたのでした。

 ……ああそう、「なべころ坂」とは、祐天寺近く、中目黒の静かな住宅街に、ひっそりと佇んでいるといった形容がふさわしい、しかし読んで字の如く、鍋ぶたがころがってしまうほどの急勾配の、私好みの坂道。実は「日本坂道学会副会長」である(会員は2名だそうですが)タモリさんがこよなく愛する坂としても有名なスポット、なのであります。

c0135618_2055394.jpg で、どんな風に坂道が変貌していったのかを紹介しようと思うのですが、まず、これは「東京人」という雑誌に掲載された、タモリさん撮影の「なべころ坂」。
 いつごろに撮影されたのかは不明ですが、Y字路(タモリさんはY字路好きでもあるそうな)の中央に中華料理店があって、「あの中華屋さん、いまでもやってるのかなあ」というコメントを残しています。
 あっ、なべころ坂は、左の方の坂道。愛宕坂やのぞき坂、岡本3丁目の坂ほどの急勾配ではありませんが、閑静な住宅地の坂道は、いろいろ思案しながら歩くのに最適です。


c0135618_2055016.jpg つぎは、2007年、私がはじめてこの坂を訪れたときの写真です。こちらにも詳しく書いていますが、中華屋さんは閉店し、「売物件」みたいな看板が掲げられています。
 「味はまあまあだけど、やる気がないのか、夜8時ぐらいには閉まっちゃう」お店だったようです。一度入ってみたかったな。


c0135618_20545655.jpg で、今度は2009年。建物が壊され目印がなくなってしまったため、地図を持たずに歩く私は、すっかりこの坂の場所がわからなくなり、何度も通り過ぎて、やっと「ああここがなべころ坂」だと気がついたというお粗末さでした。
 ここにその様子が書かれています。


c0135618_20545281.jpg そして2011年。これがなべころ坂の最新画像です。
 どなたかがこの土地を購入し、モダンな家を建てられたようです。
 中華屋さんがあったときは、閑静でありながら、どこか昭和の匂いを感じさせてくれる一帯だったのに、すっかり平成の、アーバンな雰囲気の坂道になってしまいまったようです。
 まあ、時代は変わり、人も変わっていくのですから、仕方がないことかもしれませんね。それよりも、変わっていくものに迎合しない程度に付き合う術を手に入れる、そちらの方が大切なのかもしれません。


 ……などと書きつらねてきましたが、変わっていったのは坂道じゃなくて、坂道にある家、でしたね。
 なべころ坂は永遠に不滅です、たぶん。
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by yochy--1962 | 2011-11-02 22:57 | 東京坂道百景
c0200290_0183659.jpg 中目黒からちょっと下(下ってどっちだ)に歩いて行くと、知る人ぞ知る「なべころ坂」という坂があります。
 「坂道評論家」であるタモリさんも大好きだという、「なべがころころと転がってしまう」ところからつけられた名前の坂です。
 久しぶりにこのあたりをウォーキングしていて、そうだ、なべころ坂に行ってみようと思い立ち、地図も持たずにこのあたりを徘徊していたのですが、あれ、どこだっけ、どこだっけとすっかり迷子になって、やっとの思いで見つけたのがこの写真。
 というか、ここはすぐに見つけていたのですが、なんだか以前に見たなべころ坂とちょっと違うような気がして、最初は気がつかずにスルーしてしまっていたのでした。
 そう、以前はこの三叉路に中華料理店があったのでした。私が訪れたときにはすでに店はたたんでいて(その写真はこちら)、今回、ついに家も解体されてしまったのです。

 とても静かな住宅地なので、ここに中華料理店があったこと自体、いまとなっては不思議な感じもありますが、コンビニもないようなところなので、店があったら重宝されるんじゃないかと思うのですがね、新しくここに何が建てられるのか、注目したいところです。

 オレだったら迷わずここに「居酒屋」を作ってしまいますが(笑)。まあ、店主自ら毎日大酔っぱらいで、すぐに閉店、となること必至でしょうが。
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by yochy--1962 | 2009-12-02 00:44 | 東京坂道百景
c0200290_2314361.jpg 「夜ののぞき坂」なんて書くと、ちょっと艶っぽいイメージがあるかと思いますが、ホントに夜、ここで「のぞき」をしたら捕まりますのでご注意を(笑)。

 天気のいい日は、この坂の上から遠く新宿の高層ビル群を望むことができます。写真ではちょっとだけ、代々木にあるNTTドコモのビルが写っているのがわかりますか?
 寒くも暑くもない季節に、ゆっくりゆっくりこの坂を下りながら、果てしない夢を語り合うのもよし、終わってしまった恋の哀しみを振り払うように思いっきり坂を駆け下りるのもよし。とても雰囲気のある、急勾配の坂です。
 まあ、私の場合は坂の下にある高級マンションに住みたいなあと指をくわえて見上げ、坂を下りて路面電車と競走しながら(バカ少年みたいです)新宿方面へと急ぎ、歓楽街で全てを忘れて飲みまくる、というパターンがここのところ続いていますがね。
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by yochy--1962 | 2009-11-11 23:29 | 東京坂道百景
c0200290_214174.jpg 新しく始まった「Tokyo迷子ウォーキング2」ですが、なんとこのブログが、それほど更新もしていない「放置プレイ」ブログが、本で紹介されることになりました!
 タイトルとか発売日とか、まだ、あまりおおっぴらに言わないほうがいいのかなあとも思いましたので、詳細は後日、とさせていただきますが、とにかく名誉なことでございます。趣味で続けているだけのブログですが、「よい」と言ってくださる方がいると、そりゃあもうやり甲斐があるものです。なんだかうきうきしながら、きょうも大股歩き、ときどきジョギング、というスタイルで東京中を闊歩している私です。

 ただ、今回紹介してくださる本は、面白いブログとか注目したいブログ、ではなく、「写真がいい」というブログを集めた本のようで、ちょっと「苦笑」なところもあります。
 だって、「世界遺産」に認定されて、ときどきストライキを起こし、「メモリースティックが入ってません」とかとんちんかんなことを言い出す、我が「ご老体カメラ」ですからね。まあ、長年の功績が認められ「紫綬褒章」でももらったようなものだ思っているところです。
 せっかくだから、これからも付き合って行こうと思っているのですがね、サイバーショット3.2メガピクセルさん。

 この坂は、赤坂近くの六本木通りからちょっと入ったところにある坂です。坂の途中に、明治から大正にかけて「福井亭」という寄席があったために、寄席坂と呼ばれるようになったのだそうです。現在はマンションなどが建ち並び、当時の面影はあまり見当たりませんが、きっとその頃は、粋な遊びを楽しむ人で賑わっていたところだったのかもしれません。

c0200290_21411995.jpg こちらが肝心の、坂の様子。結構いろいろな方のブログやサイトでも紹介されている坂ですが、みなさんのは結構古い写真で、右側にある、新築のマンション(?)が写っているのはこのブログだけ、のはずですよーっ(だからなんだって話ですが)。
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by yochy--1962 | 2009-10-25 22:19 | 東京坂道百景
c0200290_2221194.jpg こちらは、井の頭通り「大山の交差点」と幡ヶ谷を結ぶ道、消防学校近くにある坂道です。結構急勾配で面白い坂道なのですが、坂の名前がわからず、「消防坂」と勝手につけさせていただきました。

 渋谷区とか世田谷区って、坂に対する愛着がないんでしょうか、どんなにかっちょいい坂道があっても、「この坂はどういう坂で、こういういわれがあって、こんな名前がつけられているんでっせ」という標識で我々をナビゲートしてくれることがないのです。
 まあ、このあたりは新しい街で、昔は単なる山道、あるいは区画整理されて初めて「道」ができた、というのかもしれませんから、名前がない坂ばかり、標識などつけようにもつけられない、というのが実状だったりするのかもしれませんが。

 ですから、これからは、そんな「名もなき坂道」に、私が勝手に坂の名前をつけさせていただこう、などと思っているところです(まあ、以前も青春の坂道だとか硝子坂とか、勝手に命名した坂道もありましたが。あっ、両方とも歌のタイトル)。
 今回は「消防坂」ですが、このあたり、まるでクモの巣を張ったかのように複雑な道ばかりで、ぼんやり歩いたりしていると、えっ、さっき歩いていたところに戻っている! なんてことがしょっちゅうあるのです。ということで「クモの巣坂」「迷い坂」なんてのもいいのではと思いましたが……「クモの巣坂」、近辺に住む人は嫌がるだろうな(笑)。
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by yochy--1962 | 2009-10-16 22:44 | 東京坂道百景
c0200290_1915215.jpg 坂と言ったら「赤坂」です(きっぱり)。
 このあたりは「赤土」の坂が多いからその名がつけられたようですが、赤坂という「坂」は、知っている限り、なさそうです。
 このあたりは、いわゆる「坂銀座」のごとく、坂道だらけの街です。夜遊びをしてほとんど寝ずに朝を迎え(お前いくつだ)、赤坂サカスで迫力一杯の舞台を観て「くったくった」状態だったので、それをひとつひとつ検証すると労災の下りない「過労死」になりかねないと思い(笑)、原宿方向に歩くまでに見つけた坂をちょっとだけ紹介です。

 三分坂は「さんぶざか」ではなく、「さんぷんざか」と読むのだそうです。昔この坂があまりの急坂のため、車賃を銀3分(さんぷん 百円余り)増したということからつけられたのだとか。それほど急な坂のように見えませんが、現在は、当時よりも緩やかな勾配になっているのだそうです。

 この坂の下には「報土寺」があります。 報土寺は、 慶長19年(1614)に創建され、いまの地には安永9年(1780)に移転してきました。道路沿いの築地塀は、この頃のもので港区の文化財に指定されているのだとか。このお寺には、なんと江戸時代後期の名力士「雷電為右衛門」の墓があるんだそうですよ(知りませんが)。

c0200290_19151441.jpg この坂は「稲荷坂」。坂下北側に円融院があり、その境内の稲荷への門がこの坂にあったため、この名が付けられています。
 坂上に江戸城中清掃役の町があり、「掃除坂」ともいうのだそうですが、……この名前の方が「ブラタモリ」あたりで紹介され、人気のある坂になったりして、なんて思いましたが。
 「レレレのおじさん」なんかもいたりして、ね。
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by yochy--1962 | 2009-10-09 21:07 | 東京坂道百景