目指せ 東京の道完全制覇!


by yochy--1962
c0135618_2046387.jpg ゴールデンウイーク恒例になった、友人達との迷子ウォーキング。今回は目黒近辺を流しつつの、立ち飲みの聖地、武蔵小山に乱入しようという算段です。
 っていうか、この会、いつの間にか「昼間っから酔い潰れましょう」がテーマになってしまった感がありますが……。まあいいか。
 しかし目黒から武蔵小山と、たいした距離はありません。カロリー消費もあまり期待できない、どうしよう、ただでさえ皆様から「太った?」と申し合わせたかのように言われているというのに……。
 ということで、待ち合わせの前に私ひとりで渋谷からウォーキングすることを決意。
 見慣れた渋谷の景色ですが、こんな目立つところの広告が空いているというのは淋しい限り。アベノミクスはなかなか実感できません。

c0135618_20465066.jpg 先頃地下に潜って、御用済みとなった旧東横線路沿いを歩きます。
 このまま線路沿いを歩いていけば、きっと新しい線を走ってきた「新東横線」に巡り合えると思ったのですが(電車が地上に出てくるのを見るのが異常に好きな私なのです私)、どうも中目黒あたりまで歩かないと無理だろうと、途中で断念。
 それにしても、せっかく地下に潜って副都心線とリンクし、便利になったはずの東横線ですが、渋谷から乗ろうとする、あるいは渋谷で降りる人にとっては、混雑が集中したりして、このうえもなく不便になってしまったようですね。
 小田急線の下北沢駅もそう。地下に潜って、それまでの「開かずの踏切」がなくなったことは喜ばしいのですが、いまだ地上高くにある井の頭線との乗り換えが、ものすごく不便になってしまいました。あちらを立てればこちらが立たず。なかなか難しいものですね。

c0135618_20473316.jpg あっという間に恵比寿駅到着。
 駅前を通り過ぎたら、えっ、草間弥生? と思うような、物凄い睨みを利かせてたたずんでいる妙齢のご婦人に遭遇。見ちゃダメ、見ちゃダメ、と思いながらも、しっかりと脳裏に焼き付けました(笑)。

c0135618_20474819.jpg このあたり、結構坂がたくさんあって、坂道フェチにとってはたまらない一角だったりします。
 狩人が昔歌った「アメリカ橋」はこのすぐ先(だったようです)。いや、私、しっかりした位置が分からず、「恵比寿と目黒の間にある〜」とか歌ってたから、いずれあるだろうなんて悠長に構えていたら、すっかり見逃して目黒まで来てしまったのでした。反省。

c0135618_2048252.jpg 山手線から見えるお馴染みの建物も、こうして近くで見ると迫力満点ですね。酔っ払って夜、いきなりこの建物を間近で見たら、きっと、わっUFOだっ! と思うに違いありません。

c0135618_20472834.jpg さて、目黒です。ここで友人達と待ち合わせです。
 きょうはいつものメンバーに、唯一の30代(態度は誰よりも大きいですが)、目黒が地元のNちゃんも参加です。

c0135618_20474811.jpg 目黒といったらホリプロです。
 昨今の芸能界はまるで疎くなってしまった私ですが、いまでもAKBの子を何人か抱えたりして、芸能界のトップを君臨しているようです。あっそうそう最近の大河ドラマ主役の人達もホリプロが多いんですよね。
 まあ、私にとってホリプロは、いまだに百恵ちゃん昌子ちゃん能瀬慶子ちゃん(笑)西村まゆ子ちゃん(大笑)だったりするのですがね。

c0135618_20481245.jpg 目黒といったら大鳥神社です。
 江戸九社のひとつとして知られ、現在でも酉の市では多くの人が訪れ、熊手などを買い求めていくようです。ふだんはこんな閑散としている神社なのですがね。

c0135618_20482070.jpg 目黒といったら寄生虫博物館です。
 入館料はタダで、結構異次元の世界に誘ってくれるその寄生虫達の形状にとても興味はあったのですが、「嫌だ! 子どもの頃の忌まわしい思い出がよみがえってくる」と約1名に言われ、見物はパス。
 このお尻は、その忌まわしい思い出をお持ちの方のものです(笑)。あっ、いまにも寄生虫達がこのお尻目がけて!

c0135618_2048350.jpg さて、目黒といったらやっぱり目黒不動尊です。正式には瀧泉寺というのだそうです。
 我々は今回裏門から入ったのですが、いままで知らなかった、こんなに大きな仏像があるのは知りませんでした。大日如来像で、天和3年(1683年)の作だそうです。
 5月の爽やかな緑にマッチして、しばし心が洗われたような気がしましたよ、この悪魔な私ですら(笑)。

c0135618_204869.jpg 江戸五色不動というのがあって、こちらは目黒不動。目白不動はその名の通り目白にありますが、ではその他は? と思い調べてみましたら……。
目赤不動 ……南谷寺(東京都文京区本駒込)
目青不動 …… 教学院(東京都世田谷区太子堂)
目黄不動 ……永久寺(東京都台東区三ノ輪)→ここは行ったことがありました。
目黄不動 …… 最勝寺(東京都江戸川区平井)
……えっ、「黄」が二つもある?
 実は目黄については、ほかにも神宮前、昭島市、六本木にも存在しているのだそうで、世田谷には「目金」も存在しているのだとか。
 まあ、昔からの話なので、その当時から言われ、親しまれていたらどうしようもないですね。
 ももいろクローバーZがあり、スマイレージがある現代、のようなものだと思えばよろしいのでしょう(ってことはないか)。

c0135618_2048841.jpg さて、我々は旧・目蒲線が走っていた線路跡、現在は緑道になっているところを歩きます。いずれ小田急線下北沢近辺もこうなるのでしょうかね。

c0135618_20483626.jpg 全然人を恐れないネコちゃんの写真をパチリ。
 ちょっと迷惑そうでしたね。失敬失敬。

c0135618_20484354.jpg で、ついに武蔵小山「晩杯屋」に到着です。
 ここからは私の「武蔵小山の友」(笑)、K氏も合流です。

c0135618_20483597.jpg お馴染みの乾杯図。ひとり私の「止まって!」の号令を無視しているヤツがいます(笑)。

c0135618_20551775.jpgc0135618_20545831.jpgc0135618_20543263.jpg

 いつものように、おつまみ平均150円の安さに驚き、昼間からガンガンに飲んでいる輩の多さに驚き、楽しい時間をみなさんと共有してきました。とにかく、ひとり1500円くらいでかなりいい感じで酔っぱらい、お腹もいっぱいになるのですから、この近くに住んでいる人にとっては、毎日の食卓代わりに使ってもいい、と思えるほどの良店なのです。うーん、うらやましい〜。

 このあと行った「牛太郎」は、残念ながらゴールデンウィーク中は休みとかで残念。その代わりに行った「だんまや水産」という養老ノ瀧グループの店で我々はかなりいい感じになって、そこでひとりつぶれ、電車に押し込め、渋谷に流れ、またまた立ち飲み屋などを闊歩し、宴会は夜11時頃まで続くのでありました〜。

 あっ、ウォーキング、だったんだよな。
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# by yochy--1962 | 2013-05-09 23:29 | Tokyo迷子ウォーキング
c0135618_21172762.jpg どういうわけだか、私の坂道探索においてすっぽりと抜け落ちていたエリア、市ヶ谷に満を持して参上です。
 このあたりは若い頃から馴染みがあったところですが、坂道がたくさんあるイケてる街、という目で見ていませんでした。もっとも、私がブイブイ言わせていた市ヶ谷というのは、麹町方面に向かうあたりの市ヶ谷で、坂道がたくさんあるのはお堀を越えた新宿区側のほう。こちらはあまり馴染みがありませんでした。
 小石川にある出版社に就職したものの、そこであるひとりの上司から猛烈なイジメにあい(いまだったら逆にイジメ返してやるんですけどね。まだまだその頃はうぶだったのでした)、逃げるように退職。路頭に迷う私を、駆け込み寺のように受け入れてくれたのが、ここ市ヶ谷にある教育関係の出版社でした。
 その会社では、打って変わりみなさんからかわいがっていただき、私は一から出直しとばかりに、編集アシスタントとしてみっちり編集のイロハを勉強し、そこから私の編集者人生は始まるのでした。
 だから市ヶ谷という街は、私にとっていい思い出ばかりの、とても好きな街のひとつなのであります。

c0135618_21174885.jpg 防衛省の裏を回るようにして、まずは左内坂という坂を上ります。
 いわゆる市ヶ谷駐屯地、ですね。市ヶ谷駐屯地というと、やはり三島由紀夫を思い出しますが、昨今の若い人は、三島も漱石もあまり読まないのだとか。うーん、勿体ないことこの上なし、です。
 とか言いながら、高校時代に三島は全部読みました、と豪語している私ですが、あまりにも若かったため、その内容も忘れ、意味もほとんど理解しておらず、もう一度読まんといかんなあと思っているところだったりするのですが(苦笑)。

c0135618_21175881.jpg このあたりは「大日本印刷銀座」でもあります。
 昔、深夜の出張校正で大日本印刷を訪れたことがあるのですが、そのとき出されたお弁当が、嫌がらせのようにまずかったことが、いまでも思い出されます。
 もう20年以上も前の話なので、いまはそんなことはないと思いますがね。
 このあたりに、当時お世話になったフリーの編集者が住んでいて、よく通ったものでしたが、どこだったかもさっぱり思い出せず。それなのにあのお弁当のまずさだけは、頭の中にこびりついて離れないという、まったく食い物の恨みだけは……なヤツでございます。

c0135618_21181263.jpg 一度外堀通りに戻り、またもや坂探索。今度は浄瑠璃坂という坂がお目見えします。
 昔、この坂で「あやつり浄瑠璃」の小屋興行を行ったから、この坂名がつけられたようです。
 このあたり、昔は武家屋敷がたくさんあったようですが、現在もお金持ち風の家があちこちにあって、閑静だし、いいなあ、こんなところに住みたいなあと思わせます。

c0135618_21182331.jpg さきほど、大日本印刷の前を通りかかったとき、どこに続いているのかわからない歩道橋がありましたので、そこを探してみたところ、こんな感じでした。
 街全体が坂で出来ているので、さっき通った道が、はるか下の方にある、ということも当たり前のようにあります。

c0135618_21183763.jpg で、歩道橋から続いている坂が「芥坂(ごみざか)」という坂なのでした。
 ごみ坂? まさかゴミ、のことじゃないよな、と思いましたが、どうもそれは本当らしく、歩道橋ができる前は、この坂はずっと下の方まで続く坂だったようで(現在印刷工場ができてしまったので、坂道の途中で歩道橋を作ったというわけですね)、その底の方にゴミ捨て場があったようです。
 別名「暗闇坂」ともいわれるので、このあたりは、きっとゴミ捨て場に相応しい暗がりだったのかもしれません。

c0135618_21183546.jpg うっかり上のほうを歩きすぎると、もうそこは牛込です。
 神楽坂の裏手あたり、ちょっとお忍びで行くにふさわしいこじゃれたレストランとかバーとかがあるエリアです。
 別に私はお忍びする必要もありませんので、ちょっとイケてる酒屋さんの看板を写真に収めて、退散です。

c0135618_21183876.jpg またまた外堀通りまで引き返し、東京理科大などを見ながら「逢坂(おうさか)」という急勾配の坂に到着。
 坂名の由来は、読んで字の如く、恋愛にまつわる話で「ケッ」としてスルーしましたが、坂の下にある、「堀兼の井」という井戸の跡にまつわる話はちょっと悲しかったです。
 昔、後妻が先妻の息子をひどくいじめて、いたずらしないようにと庭先に素手で井戸を掘らせたのだそうです。息子は朝から晩まで素手で井戸を掘ったのだが水は出ず、とうとう死んでしまったという伝説がこの井戸にはあるそうなのですが、現代でいうところのDVですね。思わずその息子さんに手を合わせずにはいられませんでした。

c0135618_2118417.jpg 新坂。こちらもその名の通り、あるお屋敷の中に新たに道を通すことになり(そのへんでびっくりですが)、それでつけられた名前なのだとか。
 確かにこのあたり、ちょっとやそっとでは買えないような高級マンションとか、どこまでが敷地なの? と思うようなお屋敷もたくさんたくさん。
 指をくわえているだけの私ですが、まあ、オオゼキみたいな気の利いたスーパーもありませんからね、案外暮らしにくいところかもしれませんね、けっ(まあ、このあたりに住む方は、お車で紀ノ国屋あたりまでお買い物でもするんでしょうけれど。けっ)。

c0135618_21184475.jpg 庚嶺坂(ゆれいさか)。江戸初期、この坂のあたりが美しい梅林であったため、二代将軍徳川秀忠が中国江西省の梅の名所大庚嶺に因み、命名したと伝えられています。別名が多い坂でもあるようで、「若宮坂」「行人坂」「祐玄坂」、そして「幽霊坂」という名もあるのだとか。

c0135618_21185311.jpg で、この坂の先にはこんなこじんまりとした神社「若宮八幡宮」がありまして……。

c0135618_21185671.jpg もうここは神楽坂、なのです。
 あいかわらず賑やかな街です。久しぶりに立ち寄ったので、お気に入りの大学いもでも買って帰ろうかと思いましたが、残念ながら日曜日は休み。「五十番」で肉まんでも買おうかと思いましたが、ああ、そういえば夜は……。

c0135618_21185954.jpg そうでした。新宿にも「かぶら屋」があることを知り、さっそく探索してみようと約束していたのでした。
 ここのしぞーかおでん(この店では黒おでん、というのですけれども)、あいかわらず美味です。
 しかし、もっとイケてるしぞーかおでんの店を、高田馬場て発見! それはまた後日。
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# by yochy--1962 | 2013-02-27 22:25 | 東京坂道百景
c0135618_203819.jpg 天気があまりよくなかった今年のゴールデンウィーク。それでもなんとか薄日が差す一日、我々の集合場所はJR「亀◯」駅です。
 さあ、亀戸でしょうか、亀有、でしょうか〜。
 別にどっちでもいいですね(笑)。そう、ここは亀戸駅です。
 今回の迷子ウォーキングは、亀戸から砂町銀座、そして小名木川沿いを流しながら、最終的に森下の有名店、「山利喜」で煮込みを食らおうではないか、という算段だったのですが……。

c0135618_2038551.jpg 「せっかく亀戸まで来たんだから」ということで、まずは亀戸天神へ。
 ちょうど亀戸天神は「藤まつり」真っ最中で、結構な混雑ぶりです。

c0135618_20381178.jpg ここからもスカイツリーが間近に見えます。池からは「逆さツリー」の姿も映し出されるのを発見。北十間川だけじゃない「逆さツリー」の名所です。

c0135618_20381550.jpg 藤は満開の一歩手前、といった感じでした。
 あまり植物には詳しくなく、花を愛でるという優雅な趣味もないので知らなかったのですが、藤は「マメ科」の植物で、種子は枝豆みたいに「サヤ」の中に入っているらしいです。食えるかどうかはわかりませんが。

c0135618_2038184.jpg 「こっちまで来たから、最初に小名木川のクロスした橋を見て、それから砂町銀座に行けばいいじゃん」という提案が。
 当初の「亀戸から砂町銀座に行って……」という私のプランがいきなり崩れてしまい、ちょっと焦り気味です。
 そう、この日はこれがすべて。おとなしく亀戸駅に戻って、明治通りをただ下っていけばよかったのでした……。
 ここは横十間川。川沿いにはウォーキングコースが設けられていて、天気のよい休日なら、とても気持ちのいい散歩が楽しめそうです。

c0135618_20382133.jpg ここが「ブラタモリ」でも紹介された「クローバー橋」です。
 横十間川と小名木川がクロスするところに架けられている橋です。ちょうど真ん中あたりで、広瀬香美の真似などやったら、ちょっとしたスターになれそうです(笑)。
 もちろん、ヒロちゃんにやってもらいました(笑)。
 小名木川は、徳川家康の命令により作られた人工河川で、日本橋までの物資の運送用に使われていたとのこと。春にはなかなか見事な桜が楽しめるそうです。

c0135618_20382412.jpg で、いきなり砂町銀座に着いたようになっていますが……。
 クローバー橋からから明治通りに出て、「左」を曲がっていけばすぐにこの商店街だったのですが、なにを勘違いしたのか、私、「右だよ、右」と言い張って、どんどん海の方に向かっていった我々一行。
 「砂町銀座」のことをどういうわけかこの時点で「南砂銀座」と思い込んでいたところも大きな敗因でした。
 雨がポツポツ、やがて本降りへと変わり、「も〜、いったいどこにあるんだ」というブーイングが吹き荒れる中、東西線「南砂町」駅あたりまで歩き、引き戻して、やっとこの「砂町銀座」にたどり着いたのでした。
 もう足はびしょびしょ。疲れたあ。

c0135618_20383057.jpg 「最初から砂町銀座に行けばこんなことにならなかったんだよ」という私の弁解など聞いてもらえません(苦笑)。
 仕方なく、ここの焼き鳥屋さん(テレビでも紹介された有名店)での缶ビールは私のおごりです。ちっ。
 それにしても、数年前にここを訪れたときは、もうちょっと賑やかだったような気がするのですが、ちらほらシャッターが閉ざされた店もあり、うーん、大丈夫かな、という印象でした。
 それでも、八百屋で春先にしか出ない山菜「うるい」を発見したのはグー、でした。

c0135618_20383553.jpg 雨はやみましたが、もう疲れ切ってしまった我々一行は、このまま電車で森下に移動。
 しかし、またしても失態。「山利喜」がお休みだったのでした。
 日、祝はお休みなのですねこの店。なんて商売っ気のない……と文句を言っても仕方がありません。
 みんなの白〜い、刺すような視線を感じつつ……。

c0135618_20383856.jpg じゃあ、ってことで、のらくロードの中に入って……。

c0135618_20384136.jpg 「鳥長」というお店に潜入。
 そう、ここの煮込みも美味しいと、知る人ぞ知る優良店なのです。
(というか、同行のHさんが人から聞いて知っていたのでした。助かりました。)

c0135618_20384436.jpg お疲れさまでしたあ。乾杯です。

c0135618_20384855.jpg 「鳥長」というだけあって、ここの煮込みは、鶏の皮を柔らかく煮込んだもので、とにかくお肉がトロットロなのがグーです。
 味は、しょうがをふんだんに利かせてあり、さっぱり、しつこくない味がとても気に入りました。「山利喜」に隠れて、森下にもうひとつ煮込みの名店があったのですね〜。

c0135618_20385151.jpg 「焼き鳥はいいの?」という店員さんには申し訳なかったのですが(だってもうたべちゃったんだもん)、刺身盛りあわせをオーダー。
 これがなかなか見事な大盛りで、この値段で(値段忘れちゃったけど)このボリュームは素晴らしいです。
 店員さんの雰囲気もよく、お客さんも、さびれた商店街でありながら満席状態。こういう、繁華街でないところで長年店を営んでいけるお店は、それなりの努力をしているもんですねー。ごちそうさまでした。

 って、ウォーキングの記事のつもりが、結局グルメ記事みたいになってしまいました。
 今回は私の「思い違い」「下調べの悪さ」が露呈され、皆様には申し訳ないことをしましたが、まあ、近々リベンジツアーを企画することにしましょう。悔しいもんな(笑)。
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# by yochy--1962 | 2012-05-23 22:03 | Tokyo迷子ウォーキング

笹塚いまむかし

c0135618_22351244.jpg 京王線の幡ヶ谷駅〜笹塚駅間、新宿から地下を走っていた電車が地上に顔を出したあたりに、小さな踏切がひとつあるのを知ってましたか?
 なんて書くと、「あっブラタモリを見て、さっそく旧初台駅あたりを探索したのだなコイツ」と思われるのがしゃくなのですが、この写真は結構前に撮ったもので、ブログに書こう書こうとぐずぐずしているうちに、テレビに先を越されてしまったわけなのであります。
 まあ私の場合は、京王線の謎を探ろうとしていたわけではなく、ただただ「電車が地下あるいはトンネルに入るところ、あるいはその周りはどうなってるのか」という、マニアなのかフェチなのか、なんだか自分でもよくわからない動機のもとの行動なのですがね。

 とりあえず近場ということで京王線、井の頭線の「出口、あるいは入り口」を調査。京王線は幡ヶ谷から笹塚の間、甲州街道に沿って走っているので簡単に見つけられました(そしてこの踏切も発見)が、井の頭線は東電OL事件で有名になった神泉あたり、これがなかなか見つけられなくて、あっちこっち迷子になりながら歩き、やっとの思いで、ゴーッという音とともにトンネルの中に吸い込まれていく電車が見えるエリアを発見したのでした。
 もう満足感いっぱいで、しばらくその場でニヤニヤしながら佇んでしまった私。電車内からその様子を発見したら、たぶんトンネルの入り口でお化けがニヤニヤ笑いながら立っていたと思ったに違いありません。夜だったし(笑)。

 ああ、バカだなあ地図を見ながら探せばすぐじゃん、と思われるかもしれませんが、そんなことしたら迷子ウォーカーの名が廃ります。ここかな、いや違う、あれ、どこ歩いてるんだろうオレ。もしかしたら迷子になっちゃった? など、とちょっとだけ焦りながら歩きまくるのが、迷子ウォーキングの醍醐味なのですね〜。

c0135618_22345714.jpg で、笹塚駅をふらふら不審者のようにうろついていたら、こんな「京王線の歩み」なる写真ギャラリーがあるのを発見。なかなか興味深かったのでご紹介しようかと思います。
 この写真は大正時代、玉川上水に架けられていた「南ドンドン橋」と子どもたち、です。
 笹塚辺りの玉川上水は、いまでも川があったり緑地があったりとその名残を残していますが、南ドンドン橋があったところは現在暗渠になっており、その碑があるだけなのです(笹塚駅の南側すぐ)。
 それにしても当時の子どもたちの、絵に描いたような「昔感」(笑)。モノクロだから特にそう思うのかもしれませんが、今のどんな天才子役でも、この泥臭さとか、素朴さとか、エネルギー感とかは出せないだろうなと思ってしまいます。

c0135618_2235377.jpg これは大正時代の甲州街道。新宿から3〜4kmほどしか離れていないというのに、すでに田舎道といった印象です。

c0135618_223584.jpg で、これは昭和30年ごろの笹塚あたりの景色。なんだか、途中戦争があったにしても、大正から昭和30年まで、大して風景は変わっていないなあという印象です。ちょっと極端なところの写真、なのかもしれませんが。

 このあと、東京オリンピックから高度経済成長、バブル景気と、古いものはどんどん取り壊され、新しい、その変わり個性のないものがどんどんと街を変えていって、現在に至っているのですね。

 人間も同じかもしれません。
 だから、古い者は頑張って、意地を張って、出る杭はガッツンガッツン打っていかなくてはなりません(そういう着地点?)

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# by yochy--1962 | 2012-03-04 23:33 | Tokyo迷子ウォーキング
c0135618_235927.jpg 代々木八幡近辺をウォーキングしていると、よく目につくのがこの看板、というか「ご案内」。
 いつもこれが目につくたび、「ここが春の小川ですよ〜って言われても。川なんかないじゃーん」と思っていたのですが……。

c0135618_235269.jpg 小田急線の線路脇に、こんなものを発見したのでした。
 春の小川記念碑、というもので、説明によると、なんでもこの辺りには以前「河骨川」という川が流れていて、それはそれは清らかな、私のような川だったのだそうです(笑)。
 春になると、岸辺には私のように美しい(しつこい?)れんげやすみれが咲き乱れ、詩人の高野辰之は、この風景を愛し、そして出来たのが「春の小川」という歌だったのだそうです。
 現在は暗渠になったという河骨川ですが……、ということは、川はいまでも地下を流れ、どこからたどり着いているはず。でもいったいこの川はどこに流れて行くのでしょうか。
 ……で、急遽「春の小川の行く先を辿る」迷子ウォーキングが始まったのでした。

c0135618_2354114.jpg 「春の小川はここ」というご案内を辿って辿っていくと、こんな遊歩道を見つけました。
 代々木公園の脇から、渋谷に向かって行く遊歩道で、「宇田川遊歩道」と書かれています。なるほど、「河骨川は宇田川の支流」という説明が書かれてありました。だったら河骨川の上流を辿って行ったほうがよかったかなと思いましたが、この遊歩道にも興味があって、そのまま歩くことに。

c0135618_2354758.jpg ちょいと横を向くと、天下のNHKを眺めることができます。「春の小川」はさらさらと、NHKの横を流れていたのですね。

c0135618_0551086.jpg こんなところで遊ぶ子どもはいるのだろうかと、ちょっと疑問。ホント、必要だったのかなあこういうものが。

c0135618_2355526.jpg 渋谷にごく近い場所だというのに、この遊歩道の両脇は、古い建物やアパートが点在していて、再開発に「取り残された」という風情が感じられます。
 「光子館」と書かれた、お店なのか工場なのかわからない建物があり、開いていた扉からちょろっと覗いてみたら、中に白い大きなぬいぐるみが置かれていて、「えっ、なんだろうここは」と興味津々になってしまいました。
 誰もいなかったら写真でも撮っちゃうのですが、暗い室内におっちゃんがひとり佇んでいたので撮影は断念。あとで調べてみたらここ、テレビ番組などで使う着ぐるみなどを作る会社なのでした。ガチャピンやムックもここの出身のようです。

c0135618_236352.jpg 渋谷ですから、ソース派やっぱりハチ公ソース、です。
 しかしハチ公ソース、なんて知りませんでした。昔の看板っぽいから、いまはもうないのかなあと思いましたが、会社は昭和6年から、ソースは昭和21年からの販売で、現在でもしっかりあるようです。渋谷の東急ハンズ、東急東横店とうで販売されているのだとか。一度試してみたくなりました。

c0135618_236780.jpg こんなところに金魚屋さんを発見。
 ちょっと新しい建物ですが、さすが春の小川沿いの金魚屋さんだけあって、めだかもしっかり置いてあるようです。
 でもここで金魚すくいを楽しもうなんて人、いるかなあと思ったのですが、帰りに同じ道を通ったら、近所の小学生たちが群がって金魚すくいを楽しんでいました。こんな場所に子ども、いるんだなあ。

c0135618_2362047.jpg 渋谷に到着しました。
 宇田川は西武渋谷店の下を流れ、それから渋谷川に合流されているのだそうです。
 どうして西武のA館B館は地下でつながれておらず、このように渡り廊下みたいなものでつながれているのか、それは下に川が流れているから、なのですねー(出典・ブラタモリ)。

 東京にはいたるところに川があったのに、東京オリンピックのあたりに暗渠化されてしまったものが多いのだそうです。もしオリンピックがなかったら、いまごろ東京はベネチアみたいな風景になっていたんじゃないかと思っていたのですが、これらの川は、すでに生活排水などの理由で「どぶ川」になっていて、悪臭のために暗渠を望む声が多かったのだとか。

 んー、「春の小川」は遠くになりにけり、ですねー。詩人の高野辰之先生は、いまの様子をどう眺めているのでしょうかね。
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# by yochy--1962 | 2011-11-17 01:00 | Tokyo迷子ウォーキング