IE9ピン留め

Tokyo迷子ウォーキング「春の小川の謎」

 代々木八幡近辺をウォーキングしていると、よく目につくのがこの看板、というか「ご案内」。
 いつもこれが目につくたび、「ここが春の小川ですよ〜って言われても。川なんかないじゃーん」と思っていたのですが……。

 小田急線の線路脇に、こんなものを発見したのでした。
 春の小川記念碑、というもので、説明によると、なんでもこの辺りには以前「河骨川」という川が流れていて、それはそれは清らかな、私のような川だったのだそうです(笑)。
 春になると、岸辺には私のように美しい(しつこい?)れんげやすみれが咲き乱れ、詩人の高野辰之は、この風景を愛し、そして出来たのが「春の小川」という歌だったのだそうです。
 現在は暗渠になったという河骨川ですが……、ということは、川はいまでも地下を流れ、どこからたどり着いているはず。でもいったいこの川はどこに流れて行くのでしょうか。
 ……で、急遽「春の小川の行く先を辿る」迷子ウォーキングが始まったのでした。

 「春の小川はここ」というご案内を辿って辿っていくと、こんな遊歩道を見つけました。
 代々木公園の脇から、渋谷に向かって行く遊歩道で、「宇田川遊歩道」と書かれています。なるほど、「河骨川は宇田川の支流」という説明が書かれてありました。だったら河骨川の上流を辿って行ったほうがよかったかなと思いましたが、この遊歩道にも興味があって、そのまま歩くことに。

 ちょいと横を向くと、天下のNHKを眺めることができます。「春の小川」はさらさらと、NHKの横を流れていたのですね。

 こんなところで遊ぶ子どもはいるのだろうかと、ちょっと疑問。ホント、必要だったのかなあこういうものが。

 渋谷にごく近い場所だというのに、この遊歩道の両脇は、古い建物やアパートが点在していて、再開発に「取り残された」という風情が感じられます。
 「光子館」と書かれた、お店なのか工場なのかわからない建物があり、開いていた扉からちょろっと覗いてみたら、中に白い大きなぬいぐるみが置かれていて、「えっ、なんだろうここは」と興味津々になってしまいました。
 誰もいなかったら写真でも撮っちゃうのですが、暗い室内におっちゃんがひとり佇んでいたので撮影は断念。あとで調べてみたらここ、テレビ番組などで使う着ぐるみなどを作る会社なのでした。ガチャピンやムックもここの出身のようです。

 渋谷ですから、ソース派やっぱりハチ公ソース、です。
 しかしハチ公ソース、なんて知りませんでした。昔の看板っぽいから、いまはもうないのかなあと思いましたが、会社は昭和6年から、ソースは昭和21年からの販売で、現在でもしっかりあるようです。渋谷の東急ハンズ、東急東横店とうで販売されているのだとか。一度試してみたくなりました。

 こんなところに金魚屋さんを発見。
 ちょっと新しい建物ですが、さすが春の小川沿いの金魚屋さんだけあって、めだかもしっかり置いてあるようです。
 でもここで金魚すくいを楽しもうなんて人、いるかなあと思ったのですが、帰りに同じ道を通ったら、近所の小学生たちが群がって金魚すくいを楽しんでいました。こんな場所に子ども、いるんだなあ。

 渋谷に到着しました。
 宇田川は西武渋谷店の下を流れ、それから渋谷川に合流されているのだそうです。
 どうして西武のA館B館は地下でつながれておらず、このように渡り廊下みたいなものでつながれているのか、それは下に川が流れているから、なのですねー(出典・ブラタモリ)。

 東京にはいたるところに川があったのに、東京オリンピックのあたりに暗渠化されてしまったものが多いのだそうです。もしオリンピックがなかったら、いまごろ東京はベネチアみたいな風景になっていたんじゃないかと思っていたのですが、これらの川は、すでに生活排水などの理由で「どぶ川」になっていて、悪臭のために暗渠を望む声が多かったのだとか。

 んー、「春の小川」は遠くになりにけり、ですねー。詩人の高野辰之先生は、いまの様子をどう眺めているのでしょうかね。

# by yochy--1962 | 2011-11-17 01:00 | Tokyo迷子ウォーキング | Trackback | Comments(0)

東京坂道百景 番外編「2011・秋のなべころ坂」

 先日、久しぶりになべころ坂あたりを歩いてみるかと、てくてく中目黒近辺を徘徊していたところ、いつも詣でる(?)「なべころ坂」の様子がちょっと変わっていて、思わず写真に収めたのでした。

 ……ああそう、「なべころ坂」とは、祐天寺近く、中目黒の静かな住宅街に、ひっそりと佇んでいるといった形容がふさわしい、しかし読んで字の如く、鍋ぶたがころがってしまうほどの急勾配の、私好みの坂道。実は「日本坂道学会副会長」である(会員は2名だそうですが)タモリさんがこよなく愛する坂としても有名なスポット、なのであります。

 で、どんな風に坂道が変貌していったのかを紹介しようと思うのですが、まず、これは「東京人」という雑誌に掲載された、タモリさん撮影の「なべころ坂」。
 いつごろに撮影されたのかは不明ですが、Y字路(タモリさんはY字路好きでもあるそうな)の中央に中華料理店があって、「あの中華屋さん、いまでもやってるのかなあ」というコメントを残しています。
 あっ、なべころ坂は、左の方の坂道。愛宕坂やのぞき坂、岡本3丁目の坂ほどの急勾配ではありませんが、閑静な住宅地の坂道は、いろいろ思案しながら歩くのに最適です。


 つぎは、2007年、私がはじめてこの坂を訪れたときの写真です。こちらにも詳しく書いていますが、中華屋さんは閉店し、「売物件」みたいな看板が掲げられています。
 「味はまあまあだけど、やる気がないのか、夜8時ぐらいには閉まっちゃう」お店だったようです。一度入ってみたかったな。


 で、今度は2009年。建物が壊され目印がなくなってしまったため、地図を持たずに歩く私は、すっかりこの坂の場所がわからなくなり、何度も通り過ぎて、やっと「ああここがなべころ坂」だと気がついたというお粗末さでした。
 ここにその様子が書かれています。


 そして2011年。これがなべころ坂の最新画像です。
 どなたかがこの土地を購入し、モダンな家を建てられたようです。
 中華屋さんがあったときは、閑静でありながら、どこか昭和の匂いを感じさせてくれる一帯だったのに、すっかり平成の、アーバンな雰囲気の坂道になってしまいまったようです。
 まあ、時代は変わり、人も変わっていくのですから、仕方がないことかもしれませんね。それよりも、変わっていくものに迎合しない程度に付き合う術を手に入れる、そちらの方が大切なのかもしれません。


 ……などと書きつらねてきましたが、変わっていったのは坂道じゃなくて、坂道にある家、でしたね。
 なべころ坂は永遠に不滅です、たぶん。

# by yochy--1962 | 2011-11-02 22:57 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(0)

Tokyo迷子ウォーキング「立石リベンジツアーにまたしても破れる」

 さわやかな5月の風が心地好い週末、久しぶりの迷子ウォーキングはここ、大相撲技能場所で賑わう両国からスタートです。
 今回の目的は二つ。完成に近づいたスカイツリーの、川に映った「逆さツリー」の写真を撮ること、そして、以前商店街が軒並み定休日で、せっかくとことこ歩いていったというのに拍子抜けだった、立石の仲見世通りを堪能することです。
 こんな私の野望に賛同してくれた同志3名を引き連れて、いざ出陣。さて、歩くぞ〜!

 まずは、相撲に沸き立つ(世間的には全然沸き立ってないんですがね。ここ周辺はやはり相撲一色。たくさんの力士がそこらじゅうを闊歩してましたが、やはりあの人たち、あの体格は常人じゃないね。)国技館を通り越えて、旧安田庭園にチェックイン。以前サライという雑誌で、ここの池からも「逆さツリー」の写真が撮れるという記事を読み、ぜひとも行かなきゃと思っていたのです。
 ご覧のように、遠くにスカイツリーの勇姿は望めましたが、たぶんここら辺りから川に映るツリーが見えるだろう、というポイントが、先日の地震のため灯籠が崩れ、立ち入り禁止になっていたのでした。がっかり。

 旧安田庭園のすぐ横には横網町公園があり、その中には、関東大震災や東京大空襲などで亡くなられた方達のための「慰霊堂」や復興記念館もあり、さっそく中を見学することに。
 なんだか最近テレビで見た光景がずらりと並んでいて、また心が塞がれたようなような気分になりましたが、それでも現在、東京はこのような災害、人災がありながらも立派に立ち直り、繁栄を続けています。きっと東北地方も、時間はかかるかもしれないけれど、きっと見事に復興するに違いないと思うばかりです。

 さて、錦糸町方面へとてくてく歩き、ご覧の通りスカイツリーの「全身」が拝める通りに出ました。
 なんでもこの通り、なんてことない細い通りですが、「スカイツリー通り」という名称をつけ、発展を虎視眈々と狙っているのだとか。なるほどこのあたり、マンションの建設ラッシュ。きっと地価も上がっているんでしょうね。



 広い通り(浅草通り)に出たところに、こんな休憩所があり、ちょっとブレイク。
 「おしなりくん」という、スカイツリーに便乗してできあがったキャラクターは、押上・業平橋地区の「押(おし)」と「業(なり)」からとった名前。キャラクターデザインは一般公募だったようで、ここの休憩所には、そのボツになった作品も展示されています。
 なんだか、こっちのほうにしたほうが、人々を不安な気持ちにさせて面白かったかも……(そう、せんとくんを初めて見たときのような気持ち)という作品も多数ありました。

 スカイツリーの真下まで到着。
 なんだか高過ぎて、笑っちゃいますねー。
 このあたり、すでにちょっとした観光スポットになって、カメラを持った人々で賑わっています。ああ、我々もその一員ですね。

 で、これが今回の目的のひとつ、「逆さスカイツリー」の写真です。
 隅田川の支流、「北十間川」の水面に映る「逆さスカイツリー」ですが、……んー、テレビや雑誌で見たような、はっきりとした像が撮れなくて、少々がっかりでした。
 ツリーの背が高くなり過ぎたのか、カメラを向ける角度がまずかったのでしょうか。また、風が強い状態だったり、日の当たり具合によっても、川面に映る像は変わってくるのかもしれません。
 ここ、ちょっと有名なスポットになっているようで(西十間橋というところ)、ここにも多くのカメラマンがたむろしていました。今度は朝早い時間にでも行ってみようかと思います。

 ツリーを越えてしまうと、いきなり、昔ながらの静かな街に戻ります。
 小鳥屋さん、なんて久々に見たなあと思い、思わずパチリ。

 京成押上線に沿うようにして歩き、八広駅を越え、荒川まで到達しました。河川敷でちょっと休憩。
 この日は吹く風が心地よく、まさにウォーキング日和、スポーツ日和、といったところ。

 カメラに興味津々のワンちゃんに遭遇。カメラ目線のベストショットが撮れなくてゴメンネー。

 四つ木橋を渡り、ちょっと横道にそれると、まさか車がびゅんびゅん通る街道のすぐ近くに、こんなところがあるとは思えない、自然豊かなエリアに出くわします。
 「四つ木めだかの小道」というところで、めだかは発見することはできませんでしたが、魚はちゃんと泳いでいた模様。しかし食えない魚には興味がない我々は、スルーです(笑)。

 復興のためのチャリティーソング、だということだから、応援しなくちゃ(笑)。

 この商店街は「立石勉強会」というのだそうです。すごい教育熱心な街なのかと思ったのですが、商品を安く提供することを「勉強させていたたきます」なんて言うところから、この名前がつけられているのですね、たぶん。

 で、勉強の結果こういう日本酒が売られているのかと思ったのですが(笑)。
 ちょっと欲しいね、こんな酒瓶。

 デザインチックにも思えない、奇抜、というほどでもない、宣伝効果があるとも思えない、なんだか評価の仕様がないパチンコ屋さんの外観です。
 昭和だねえ、という形容がぴったり、だな(笑)。

 約20000歩歩いて、今日の最終目的地、立石仲見世街に到着です。モデルは、さて、どこの店で飲もうかと鼻を利かせているヒロちゃんの後ろ姿(笑)。

 しかし、ぜひ一度行ってみたいと思っていた「宇ち多゛」という店は、残念ながら閉店。あとで調べてみたら、この日は土曜日だったのですが、土曜日はこのお店、12時から開店し、品切れになり次第閉店、ということだったので、午後5時くらいに伺っても、もう品切れで店じまいしていたのかもしれませんね。
 ということで、こんな店をチョイス。
 夏生のサインがあるから、きっと「安くて」いい店に違いありません(笑)。

 お疲れさま〜の図。
 ほどよく乾いたのどに、ビールが、ホッピーがぐいぐい、染み込むように入っていきます。この一瞬のために働き、歩き、運動しているんだよなあとしみじみ実感。

 ここの煮込みを調査。
 野菜がたっぷり入り、よく煮込まれた「ベテランの味」がする煮込みです。美味。

 いつのまにか「ホッピーマラソン」に主題が変わり、はしご酒。
 「迷子ウォーキング」ではないな、この図は(苦笑)。

 このお店は、焼き鳥がおいしくて、なかなか肉厚、ジューシー、食べ応えたっぷりでした。
 このお店も、前のお店も、数品おつまみを頼み、お酒はそれぞれ2杯ずつお代わりをして、お会計はひとり1000円ほど。
 いいっすよね〜。これぞ大衆酒場。わざわざ歩いて行っただけの価値はあるものです。

 ……って、ウォーキング記事のつもりで書き始めたのに、最終的にはいつもの飲み助ブログで終わってしまいました。まっ、いいか。めでたしめでたし(苦笑)。
 

# by yochy--1962 | 2011-05-21 15:11 | Tokyo迷子ウォーキング | Trackback | Comments(0)

Tokyo迷子ウォーキング「鐘ケ淵焼酎ロードは何処?」

 分かりにくい写真で失敬ですが、ここは「ヲタクの聖地」、秋葉原です。
 「ブラタモリ」で紹介していた、秋葉原の「港の跡地」が見たい、そして「アド街ック天国」でやっていた「鐘ケ淵の焼酎ロード」で一杯飲みたい、という「超ミーハー」な動機で、今回の迷子ウォーキングははじまりました(同行者、カメラ大好き兄貴一名)。
 昔、といっても明治時代、神田川からの船が水路を通ってここに停泊していたのだそうです。そうそう、もともと秋葉原駅は船からの荷物を汽車へと運ぶ(あるいはその逆)ためにできた「貨物駅」だったのだそうです。
 その「港跡」なのですが、現在は公園になっていて、橋の跡など当時の面影はあるものの、ホームレスや覇気のない(といったら失礼か)サラリーマンの溜まり場と化していました。ホームレスに群がる鳩たち、の図はちょっとシュール。

 上野方面へと歩いていくと、見覚えのある会社がいくつもいくつも。
 そう、ここは「バチンコ会社」が多く林立しているスポットなのですね。地図で調べてみたら、この近辺に「パチンコ博物館」なるものがあるということを知り、ぜひ覗いてみたい〜と思っていたのですが……。

 な、なんということ。
 まるでオレが来ることを察知して、慌てて閉館したかのような(被害妄想)ドタバタした感じの字面、です。
 あーあ、大昔の機種、特に一玉一玉手で入れて打つ方式のパチンコ台とかあったら、見たかったのになあとがっかり。
 子どもの頃、景品のチョコレートが欲しくて、よくパチンコ屋にいるおばあちゃんに会いにいったなあ、あの頃はオレったら可愛くて、全然知らないおじちゃんからお菓子をもらったり、そうそう親戚がやっている居酒屋でぶりぶりっとしていると(笑)、釣り銭をよくもらったものだったなあ……。
 で、その成れの果てが、ここにいます(苦笑)。

 浅草に到着です。
 浅草寺と、2011年1月7日現在のスカイツリー。
 「櫻田」と、スカイツリー(笑)。

 浅草に来たら、「煮込みロード(ホッピーロードとも言うらしいが)」を通り過ぎるわけにはいきません。
 いまのところ、この通りで煮込みが一番おいしいと思っているお店で「にこる」ことに。

 このお店の、「韓国風辛牛スジ煮込み」が、とにかく絶品なのです。
 牛スジの煮込みにキムチ、そしてもう少し辛味のあるなにかを入れているようで、ピリッとしますが決して辛過ぎず、お肉はとろとろに柔らかく、「ああ、生きててよかった〜」と思わせてくれる一品。
 「美味い美味い」を連発し、店のおばちゃんにも「ここのが一番美味しいっす」と感動を伝えたところ、いつも仏頂面のおばちゃんが、「そう? ありがと」と笑ってくれました。

 「桜橋」を渡ります。
 この日は今年の冬で一番、というくらいの寒さで、鳥さんたちも微動だにせず、じっと固まっています。あまりにも動かないので、最初はオブジェかと思ってしまいました。
 この日は風も強く、翔んでいる鳥たちも、風に頼りなく「飛ばされる」のだということを発見しました。

 さて、ここからは鐘ケ淵へと一気に歩くぞーという気分だったのですが、線路沿いに道がない、標識がない、寒い、おしっこに行きたい……の四重苦状態で延々と迷い続け、やっと東武線にあるこんな電車を発見。さっそく乗車。
 というのはウソで、これは東向島駅近くにある展示物です。「東武博物館」というところがあり、「鉄ちゃん」にはたまらない展示物がぎっしり、だと思います(まるで興味なし)。
 ここらあたりから線路に沿った道があり、あと一駅で鐘ケ淵に到着です。

 さあ、鐘ケ淵駅前に着きました。お腹もいい感じに空いて来て、ちょっと時間は早いけれども飲んじゃおう〜。でも焼酎ロードってどこかなあと、交番のおまわりさんに聞いてみたのですが……。
「焼酎ロード? そんなところはないよ。ああ、テレビで勝手に言ってるだけでしょう」
というおまわりさんの言葉に愕然。
 せめて、この辺りで居酒屋が並んでいる通りは? という問いに指差してくれた「鐘ケ淵通り」というところを歩いてみたのですが、時間も早いということもありますが、なんだか寂れた感じで、お店もあまりないという印象。
 ちょっとがっかり。秋葉原といい、鐘ケ淵といい、テレビで勝手にイメージを膨らませ、行ってみたらがっかり、という、スキー場で恋に落ち、東京で再会したらキラキラ感がなくてすっかり興ざめ、みたいな感じ(ってどんな感じだ)のウォーキングでございました。

 せめて「鐘ケ淵」らしい写真を、ということで、全長1.2キロという巨大な「白髭団地」を撮影。
 「防災団地」として有名で、災害時には各ベランダのシャッターが降り、火災の侵入を防ぐことができるのだとか。
 でも、あまりにも大きい団地群で、酔っぱらったときなど、自分の部屋まで無事たどり着けるか、ちょっと不安ではありますがね。

 なんだか欲求不満の我々は、ここから電車で北千住に移動。
 東京三大煮込みを食べさせてくれる「大はし」に向かったのですが、あいにく満席(扉を開けたら、見事なまでに黒、黒、黒のスーツ軍団で埋め尽くされておりました)。で、チョイスしたのがこの「千住の永見」というお店です。
 「よっ、ど昭和!」と歓声を上げたくなるくらいな、レトロな、昔風の「飲み屋」といった雰囲気がとてもナイスです。従業員も、昭和中期にイケイケだったであろう女性達(失敬)を揃えています。

 焼酎のお湯割で体を温めながら、この店ご自慢だという「とり軟骨つくね」を賞味。
 こりこりっとして、にんにくが利いて、とてもお酒に合う一品です。上にのっかった半熟玉子もいい感じで、つくねの味を引き立ててくれます。

 こちらは、この店の人気ナンバー1だというさつま揚げ、この店では「千寿揚」と呼んでいます。
 野菜がたんまり入って、やわらかくて、油っぽいのにしつこくない、とてもおいしいさつま揚げです。わさび醤油でいただくのも新鮮。うん、これも酒呑み用メニューだな、って感じです。


 ……って、きょうは迷子ウォーキングだったはずだよなと、すっかりいい気分になって、さて新年会の会場へ行くぜと、ほろ酔いの「職業年齢不詳二人組」は日比谷線に乗り込むのでありました。めでたしめでたし。

# by yochy--1962 | 2011-01-24 03:31 | Tokyo迷子ウォーキング | Trackback | Comments(0)

Tokyo迷子ウォーキング「赤羽はきょうも山だった」

 午前中でひと仕事を終え、つぎの現場に向かうまでちょっと時間があったため、久しぶりの迷子ウォーキングをしてみることにしました。
 うーん、このあたり、結構坂が多いんだね。いい感じの階段があって、んー、……ってここどこ?
 地図を持たずにただひたすら歩くと、こうなってしまうのはいつものことですが、それにしても、古い団地群がずらーっと並び、人の気配がなく、通り過ぎるバスには運転手すら乗っていない……、ってこれはウソです。
 あとで調べてみたら、ここは「桐ヶ丘」というところ、のようです。各団地には洗濯物が干されてあったりしたので、誰も住んでいない、というわけではないのでしょうが、ホント、誰もこのあたりを歩いていないのですよ。ちょっとしたミステリーゾーンだなあと考えながら歩いていたのですが、まあ、平日の真冬の昼間に、こうしてあてもなくトコトコと歩いているほうがミステリー、なのかもしれませんね(苦笑)。

 これは家庭菜園、なのでしょうか。それにしては手入れが行き届いていて、作物も立派に育っています。
 農家の方がやっている菜園だとしたら、一応東京23区内ですし、ぜいたくな土地活用です。

 「赤羽台」という地だけあって、このあたりはちょっとした高台、というよりも「山」です。近くを電車が走っていることに気づき、そちらのほうに行ってみることに。

 と、その前に、こんな神社を発見。「赤羽八幡神社」です。
 高台にあるこの神社、なんと、境内の下を「新幹線」が走っているのですよ。東北新幹線の工事の際、当初はこのあたりは地下トンネルで通す予定だったのが、地盤が緩いという理由で、高架にせざるを得ず、こういう形になったのだとか。私は存じ上げなかったのですが、地元では有名のようで、休みには「鉄ちゃん家族」がよく訪れ、海外のメディアでも紹介されたそうです。

 「山」だけあって、坂も豊富。たまたま見つけたのは「うつり坂」。近くに「師団坂」という坂もあり、あとで調べてみたらこのあたり、旧陸軍の被服本廠(軍服とかを作っていた工場、でいいのかな)があった地のようで、その跡地に「赤羽台団地」ができた、とのことです。

 緑道らしき道を歩いていると、こんな不審な子どもたちを発見。どこを指差しているのかなあと思っていたら……。

 どうも目の前の団地の、ある一室を指差しているよあなのです(笑)。
 かわいそうに、ずっと立ちっぱなしで腰痛持ちになってしまったのか、腰に貼られたサロンパスが痛々しい(……なわけないか)。

 「赤羽自然観察公園」はこちら、という標識があったので、それを頼りに歩いていったのですが……。
 まあ確かに、ある意味リアルな「冬の自然」でした。まあ、もっといい季節に行ったらいろいろな発見もあったのでしょうが、私、いつもこんな感じでして、まったく花のないときに「菖蒲園」に行ったり、もありました。
 私の人生を象徴しているかのようで、さっさと退散。

 味の素の競技場やら、なんやらスポーツ施設がたくさんあるエリアを通過。「西が丘」という地のようです。トイレに行きたいし、ちょっと休憩したいし、そわそわし始めた午後二時……。

 姥ヶ橋延命地蔵です。
 ここは、かつてこの地に流れていた「稲付川」に架かっていた橋があったそうで、昔、誤って子どもを溺れ死なせてしまった乳母が、この橋から身を投げたという伝説があり、この話を哀れんだ村人が、供養のために地蔵を建てたといわれていますが、銘文には橋の安全を願って作られた、とあるようです。
 ちなみに川は環七が通った際に暗渠になり、橋も姿を消したのですが、この地蔵には参拝者がいまでも絶えることがなく、ちょうどいい感じで参拝しているおぢさんにモデルになっていただきました(無許可ですが)。

 やっと商店街に着きました。「十条商店街」です。コーヒーショップでやっと休憩。不覚にもここで20分ほど意識をなくしました(笑)。

 十条駅にはこんなオプジェ(?)が。
 1980年に「十条駅開業70周年」を記念して建てられたスポーク動輪だとのこと。別に私「鉄ちゃん」でもないので、撮影だけして通過。

 王子、ついに王子駅に降臨!(別に感慨もなく)

 大正時代を思わせる(ってそんな時代を生きて来たわけじゃないですけど)レトロな雰囲気が素敵な「音無橋」。
 それもそのはず、この橋は昭和5年に作られたのだとか。さすがに照明は昭和5年、ってことはないと思いますが、ドラマのロケにもよく使われているのが納得、トレンチコートなど着てメロドラマ(ってもう死語?)の主人公になった気分になれること、確実です。まあ、ひとりじゃメロドラマもできそうもありませんが。

 その下を流れるのが音無川。いわゆる石神井川なのですが、このあたりは音無川というのだそうです。
 ちょっとした渓谷になっていて、江戸時代から風光明媚な場所として多くの観光客で賑わっていたのだそうです。確かタモリ倶楽部あたりでも紹介していたような……。
 ここはもう一度、じっくり探索してみる必要がありそうです。次は桜の時期にでも。

 入る勇気はありませんでした。うるさいオッチャンがいそうで(笑)。

 このまま荒川線沿いを早稲田方面に歩いていくことを決意。しかし滝野川あたりで線路沿いの道がなくなり、迷いに迷って……。

 ああどうしよう、日本橋まであと8キロもある……。
 って目的地は日本橋ではないのですがね。
 ここでウォーキングは終わり。あとで地図で調べてみたら、今回のウォーキングは、くるくるくると行ったり来たりで、時間はかかったものの、たいした距離を進んではいなかったようですね。まあ、これも迷子ウォーキングの醍醐味ってことで。














# by yochy--1962 | 2011-01-22 01:21 | Tokyo迷子ウォーキング | Trackback | Comments(0)

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